伊藤 幸久 展 “ foolproof ”

ITO Yukihisa
” foolproof “

2022.10.24 (月)-11.5 (土)
11:00 – 18:00 
日曜休廊 
※11.3 (祝) は開廊

 “foolproof(フールプルーフ)”とは、愚者(fool)と防ぐ(proof)を掛け合わせた言葉で主に産業の分野で使われている。人間は愚かで失敗を犯すことを前提に、いかなる人間が扱っても間違いようのない機能を機械やシステムに持たせることをいう。“foolproof”が目指す「誤用されない設計」は完璧な安全装置ともいえる。
 この言葉を作者が知ったのは、仕事の関係で木材加工機械主任講習を受講した時のことだった。この種の講習では身体や命をいかに守るのか、安全第一に重点が置かれ講習が進んでいく。フィジカルな内容が進む中、唯一出てきた思想的な言葉が“foolproof”であった。 
 現在、作者は教育の仕事に就き、管理者としての責務を与えられている。事故などのフィジカルな問題に限らず、メンタル面での問題も起きないよう努める必要がある。作者もまた愚かな人間の一人であるにも関わらず、優秀な機械のように、完璧な安全装置であることを強いられるような違和感に時折さいなまれる。 
 職場に向かう通勤時、河川敷を自転車で走る。道と川との間には延々と続く長いガードレールがある。人が川に落ちないように不動の存在として立ち続けるガードレール。その姿が自分に重なる。まさかガードレールに共感する日が来るとは思いもしなかった。川の湾曲に合わせて柔軟かつ強固に立ち尽くす様は管理者としての理想の姿にも見え、憧れすら抱くほどである。愚かな人間によって“foolproof”を実現するには、もはや人間を捨てざるを得ないのではないか。だが、機械においても完璧な“foolproof”は存在しないという。  

 本展タイトルと同名の作品「foolproof」(2022年)は、ガードレールとそこから飛び出し倒れかけた人物の像で構成されたレリーフ作品である。保護される(されていた)人物はガードレールの外に飛び出して転倒するが、偶然ガードレールに服が引っかかり大事に至らずにいる。また、習慣化されたマスクを外し解放された口元のすぐそばに描かれているものは、作者が幼少期から親しんでいた植物カモガヤであるが、昨年アレルギーであることが判明した。飛び出すことを封じたガードレールを乗り越えた人物が知らないところで救われながら、知らないところで蝕まれる。偶然生き続けている人間を表した作品である。 
 これまでは800〜900℃で低温焼成した陶土を素材としてきたが、本作では焼成温度を1250℃の高温に引き上げた。低温焼成に比べて高温焼成では形態が歪みやすく、ひびも入りやすいものの、硬く丈夫になったため扱いが容易になり、言うなればガシガシ遊べるようになった。その利点を活かして制作した作品が「forever happy」(2022年)である。
 本作は元々、作品検討のために制作したマケットの人物像と、その隣に置いていたゴムの木を掛け合わせ、アッサンブラージュ的な手法で制作した。ゴムの木の花言葉は「永久の幸せ」。作家の名前「幸久」と同じ意味を持つ。本作に使用されたゴムの木は、誕生日プレゼントに頂いたものを一部切り取り、挿し木をして自ら育てたものだ。作家自身の分身ともいえる木である。その脇には、別作品のマケットとして制作した、じょうろと鎌を手にした少年のマケット像を立て、育てる側と育てられる側、両方の自分を表した。さらに、台座の下には全く無関係に制作した小作品の人物像を配置し、意識の外での出来事との関連を表した。 
 次に、木材と陶を用いて制作した「eerTree」(2022年) は“foolproof”について考える最中、最も危険な道具に意識が及んだことを契機に制作した。最も危険な道具はチェーンソーであると林業の方から耳にしたことがあり、チェーンソーを用いることで“foolproof”を逆説的に表すことを試みた。本作は四分の一に縦割りにした丸太材をチェーンソーのみを使って彫った”木の虚像”と、その虚像を型に使用し、陶土を張り込んで複製した“木の実像”を高温焼成した4つの陶彫刻からなる。作品名「eerTree」は“木の虚像”を表すために、木=“Tree”を反転させた“eerT”と木の実像を表した“Tree”を合わせた造語であり読み方は今のところ無い。

 本展の作品群は必ずしも一貫性を持つものばかりではない。しかしながら、公私ともに起きた近年の激変にさらされた影響が如実に反映されている点は共通している。
 作者が2019年に石川県から神奈川県に身を移した直後に世界はコロナ禍に見舞われ、まさしく環境の全てが一変した。管理と解放、育てることと育つこと、幼さからの脱却、成長した先に得た新たな制約と自由。ここ3年半ほどに起きた個人と世界の変化が混じり合い生まれた作品群を本展では紹介している。
2022.10 伊藤 幸久

「foolproof」2022年_陶土・釉薬・インク_H250x450x25mm
「River's edge」2022年_陶土・釉薬_H400x130x110mm
(左から)「エスキース(過免疫)」2022年_陶土・釉薬・インク_H260x150x25mm/「foolproof」2022年_陶土・釉薬・インク_H250x450x25mm/「River's edge」2022年_陶土・釉薬_H400x130x110mm

☆《国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ2022》にも作品が展示されております。
詳細はこちら→ https://energyfield.org/biwakobiennale/